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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【ハエに診てもらう】

龍田勝輔 先月のNature communicationというNature姉妹紙に「人間は地球の磁場を感じるか?」(閲覧は無料登録が必要)というタイトルの論文が掲載されていました。磁場とは電気的現象・磁気的現象を記述するための物理的概念(Wikipediaを参照)だそうです。わかりにくいですよね。また、地球も磁場(磁気)を生じていて、これを地磁気と呼びます。北極側がS極で南極側がN極です。コンパスを思い浮かべれば身近に感じます。
 昆虫や渡り鳥などは、この地磁気を利用して移動していると考えられており、さらに、最近の研究によって目に存在するクリプトクロムと呼ばれるタンパク質が磁気センサーであることがわかってきました。私たち人間も網膜の部分にクリプトクロムを持っていますが、私たちが磁気を感じ取っているかはわからないので、他の生物と同様にヒトのクリプトクロムが磁場センサーであるかは未解明でした。先の論文では予め磁気センサーを失わせたキイロショウジョウバエにヒトのクリプトクロムを発現させると、ハエの磁気受容が回復することを見つけました。つまり、ヒトのクリプトクロムが磁気センサーとして機能する可能性を示しています。
 この発見自体おもしろいことですが、私がおもしろいなぁと感じたのは、ヒトのタンパク質をハエに導入してハエの行動を介して機能解析していることです。著者らのアイデアの勝利といいますか、着眼点もすばらしいなと思います。また、私たち人間が使い方をしらないある道具(クリプトクロム)をハエに貸してみるとハエが見事にその道具を使っている感じがして、そこにおもしろさを感じるといいますか、それでも磁場を感覚として認識できない人間にもどかしさを感じたりもします。
 ただ、ある生物種に他種の遺伝子やタンパク質を導入すること自体は目新しいことではありません。例えば、Btトウモロコシなどの組み換え作物もBt菌のあるタンパク質をトウモロコシに導入したものです。先の論文でもハエにヒトのタンパク質を導入するために、酵母がもつあるタンパク質とその認識配列を導入した系統を使っています。
 先の論文でも行われているように、ハエは他の生物の遺伝子・タンパク質を導入することが可能です。体が小さいので行動解析も容易に行えます。ハエ以外の昆虫のある遺伝子・タンパク質の機能を解析する際、良き結果が出ずに行き詰まってしまったときなどに有効な手法になるかもしれません。もちろん、ちゃんと発現するのか?とか、ハエのホモログ(オーソログを含む)の有無とその発現抑制効果の程度など問題点はあるので、応用できる遺伝子・タンパク質は限られているとは思いますが。

[チョウが食草を見分けるしくみを探るラボ 龍田勝輔]

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