1. トップ
  2. 語り合う
  3. 生命の痕跡を探す

進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

バックナンバー

生命の痕跡を探す

2014年4月15日

西川伸一

これまで17世紀近代科学の誕生から20世紀終わりの生体分子を使った系統学の発生までの歴史を駆け足で見て来た。これからは生物の過去が今どう研究されているかを具体的な論文を読みながら紹介する。先ず最も古い生命の探索についての研究から始めよう。

教科書には「地球上の生命は37億年前に誕生し・・・」と書かれているが、どうしてそれがわかるのか?この問題を科学的に調べるにはどうすればいいのだろうか?古代の生物と言うともちろん化石だが、細菌のような単細胞動物しかいない時代の化石など残っているのだろうか?実際は、1970年前後からこの分野の研究が進み、オーストラリア、アフリカ、インド、カナダなどで20億年以前に生息したと思われる細菌様微小化石の発見が相次いだ。中でもこの分野で大きな貢献をしたのがJW Schopfさんだ。1987年Science誌に西オーストラリアWarrawoonaで発見されたストロマトライトの中に存在する細菌の形をした化石が35億年前の物である事を発表し、世界最古の化石の発見者として知られている(Science 1987, vol 237, 70)。私は読んでいないが1999年にはCradle of Lifeと言う本も出版している。幸いSchopfさんがこの分野の研究をまとめた2006年の総説があるので(Philosophical Transactions of the Royal Society B (2006)361, 869-885)、それに沿って最古の化石がどう研究されているのか見て行こう。この分野で大事なのは先ず古い時代の岩が露出した場所を特定することだ。上に挙げた限られた地域に中でSchopfさん達は西オーストラリアのストロマトライト層に着目した(図1)。ストロマトライトとは粘液を分泌する細菌が集まったマット状の層が沈殿してできた層状構造を示す岩だ。しかし同じ様な構造は生物なしにも形成されるため、先ず生命由来のストロマトライと層かを決める必要がある。普通、細菌様の微小構造の存在、炭素同位元素の比(後で解説する)等を組み合わせると生物由来と決めていいようだ。これらの条件を満たす最も古いストロマトライト層をSchopfさん達は顕微鏡で観察し、図1に見る様な構造物を発見した。もちろんこの構造物がそのまま生命の痕跡と言えるのかどうかは現在も議論が続いている。しかし詳細は省くが様々な新しい分析技術が開発されたことで、この微小構造に有機物が存在することも証明できるようになって来ている。またこの西オーストラリアで発見されたストロマトライトだけではなく、25億年−30億年前の少し新しいストロマトライトからも同じ様な構造物が続々見つかって来ている。この様な積み重ねの結果、Schopfさんが発表した図2に示す様な写真は太古の原核生物の痕跡であると言う事が現在多くの人に認められている。

図1 ストロマトライト
クリックすると論文サイトに遷移し画像が見られます→
(m)は西オーストラリアで見つかったストロマトライトで、層状のドームがストロマトライト層。

図2 微小化石の顕微鏡写真
クリックすると論文サイトに遷移し画像が見られます→
図1(m)のストロマトライトを切り出すと、図2(m)や(n)のような構造物を観察することが出来る。これが微小生物の化石であると考えられている。

このように、30億年以上前の地層に残された生命の痕跡を見つけるときの決め手になるのが生物活動により発生した炭素の存在だ。もちろん炭素は生命過程だけで生まれる訳ではない。地球誕生後最初から炭素は二酸化炭素の形で存在していた。このため、生物活動で生まれた炭素とそれ以外を区別する必要がある。この際利用されるのが、炭素の同位元素13Cだ。大気中の炭素にはこの同位元素が大体1%含まれているが、生物由来の炭素ではこの割合が低くなる事が知られている。従って発見された炭素の中の13C含有量が明確に低い場合、生物由来の炭素である可能性が高くなる。この方法を使って生物に由来する炭素の痕跡を求めて探求が行われ、1999年デンマークのRosing博士がグリーンランドのイスア地域に13Cの含有量が極端に低いグラファイトを含む堆積岩層を発見した。(Science (1999), 283, 674)。グラファイトは純粋な炭素から出来ている構造物だ。このイスア地区には海洋性の堆積岩を含むベルト状の地層が地表に露出しており、2−5ミクロン大のグラファイトがこの層の中に発見される(図3)。海洋性の堆積岩の存在は既に地球が冷却して海が存在していた事を物語っている。

図3 イスア地域の地層と顕微鏡写真
クリックすると論文サイトに遷移し画像が見られます→
(F)がイスア堆積岩層に見られる粒状のグラファイト(黒点)。

このグラファイト粒の13C含有量が低く、生物の堆積物由来である事は、かなりの量の生物がこの堆積岩が作られる時に存在した事を示唆している。ただ本当に当時の生物に由来するグラファイトなのか、あるいは炭酸鉄が分解されて出来たのか、あるいは火山性の作用で地層形成以後の生物に由来するグラファイトなのについて論争が続いていた。この論争を終わらそうと、東北大学の大友陽子さん達はイスア地区のなかで外的な変化を受けていない地層を探して、グラファイトを含む他の地層と比較した。地質学の専門家ではないので「そうか」と頷くだけだが、X線回折、電子顕微鏡、レーザー顕微鏡、ラマンスペクトラム解析など最新の機器を駆使して、非生物由来の可能性を一つ一つ排除し、最終的にイスア地区のグラファイトの少なくとも一部は37億年以上前の生物由来であると結論している。このプロジェクトの最後に議論しようと思っているが、生命の起源の問題とは私たちが今生物学として考えている学問ではなく、物理化学の問題のようだ。しかし生命は37億年前には既に地球に存在していた。

[ 西川 伸一 ]

進化研究を覗く最新号へ