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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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進化過程を目撃できるか?

2014年5月1日

西川伸一

ダーウィンの『種の起源』は「飼育栽培下における変異」とタイトルのついた第一章から始まる。これは遺伝可能な変異が集団の中から選ばれる進化過程を現実に体験する事が出来る事を事実として示したかったからに違いない。一種類のカワラバトから、育種によって大きな多様性を持つ異なる系統が発生している飼い鳩を見ると、変異と選択セットの力を実感できる(図1)。

図1 カワラバト
全て一種類のカワラバト由来である事がわかっており、育種家による選択により驚くべき多様性が生まれる事を示している。
(ダーウィン著『家畜・栽培植物の変異(The variation of animals and plants under domestication)』より)

その中で、「どんな羽でも3年あれば作れるが、頭とくちばしだと6年かかる」というある育種家の言葉を紹介して、育種と言う特殊な状況とは言え、変異が自然に発生し、それを選択する事で多様な形質が発生する過程を逐一自分の目で確かめられる事を伝えている。

現代では1時間に3回以上分裂できる大腸菌を使えば、ある特定の遺伝子の変異を分離してくる事は一日もあれば十分だ。さらに、ショウジョウバエやゼブラフィッシュなどの実験動物ではもう少し時間はかかるが、様々な形質を示す遺伝子変異を短い期間で分離する事は可能だ。特にショウジョウバエでは、頭に生えた触覚が足に変わる様な大きな変異も分離する事が出来る。変異の発生とその選択というダーウィン的過程の2本柱を利用する事は実験室では当たり前だ(図2)。

図2 antennapeida(触覚足)として知られる突然変異。
ホメオティック遺伝子の一つの突然変異で大きな変化が誘導できる事を示している。

しかし如何に大きな形質の変異が起ころうと、この種の実験で私たちが目撃するのは、既存の遺伝子が小さな変異を起こした結果生まれる形質の変化が関の山だ。例えば図2のようにアンテナが足に変わる変異は、ホメオティック遺伝子と呼ばれる遺伝子の中のたった一個の遺伝子に起こった突然変異の結果だ。この変異により触角が出来る場所に足のプログラムが間違って発現しただけで、決して新しい遺伝子が生まれたわけではない。しかし生物は37億年の歴史を通して遺伝子を複雑化させ、以前になかった性質を蓄積して来た。例えば水中で生きていた節足動物が陸に上がり、翅を獲得する進化過程では多くの新しい性質を発生させる必要がある。実際翅のない昆虫は現在も存在し(図3)、翅のある昆虫とは約4億年前に分岐した事がゲノムの比較から推測されている。しかしシミやシラミの様な翅のない昆虫を生涯観察し続ければ、翅が生えてくるのを見る事が出来るのだろうか?「鳩の羽の形を変えるのに3年」でいいなら、あなたの生きているうちにシミに翅が生えるのを見る事が出来るだろうか?

図3無翅昆虫類
左からトビムシ、カマアシムシ、シミ
季刊生命誌50号「昆虫の起源を探る」より)

残念ながら、これまでなかった遺伝形質が多細胞生物上に獲得されたと結論できる変化を目にする事は出来ないと断言できる。何故なら、分裂が極めて早い大腸菌でさえ従来存在しない新しい性質を獲得するのを見る事は途方もなく大変だからだ。この大胆な研究はLenskyのグループにより行われた。最後にその実験を紹介しよう。大腸菌にはクエン酸回路はあるが、クエン酸しかない環境で回路を回しエネルギー作る事は出来ない。何故ならクエン酸を体内に取り込むチャンネルがないからだ。Lensky達は大腸菌を培養する時ブドウ糖を極端に減らして培養し、この培地にクエン酸を加えて、クエン酸を体内に取り込みエネルギーを作るための新しい分子メカニズムを獲得した大腸菌が発生するのを待った(Nature 2012, 489, 513 及び アメリカアカデミー紀要 2014, 111, 2217)。

Lensky達は最初クエン酸を利用できる大腸菌が発生するまでどれほどの時間がかかると考えていたのだろうか?まあ1年も待てば何とかなると考えていたのかもしれない。しかし実際には33000世代目、なんと25年を経た後にクエン酸を取り込んで増殖する大腸菌が「進化?」して来た。なんとか生きている間に目撃できたと大喜びした事だろう。新しい系統が発生してしまえば遺伝子を比べる事は簡単だ。最初の大腸菌とクエン酸を利用できる様になった大腸菌の間で遺伝子を比べると70以上の遺伝子で突然変異が見つかる。大腸菌の遺伝子は約4000程度存在するので、70と言うのは2%近くにあたりかなりの数だ。いずれにせよ、30000代を重ねると数多くの突然変異が蓄積する事ははっきりした。ではどの遺伝子が新しい形質の発生に関わったのだろうか。

図4 大腸菌に新たに生まれたクエン酸吸収システム。CitT,DctAとも元々存在する遺伝子だが、CitTは普通は発現していない。突然変異により、常にCitTが発現し、またDctAも通常より5倍量発現するようになる。その結果、細胞内のコハク酸濃度を維持できるようになり、クエン酸を持続的に取り込める新しいシステムが生まれる。

驚くべき事に、本当に必要だった変異は2種類だけで十分だった。最初の変異は、クエン酸を取り込み、代わりにコハク酸を排出する発酵に関わるトランスポーターCitT遺伝子を含む領域が増幅して生まれた新しい融合遺伝子だ。この融合遺伝子から発現されるのは同じCitT遺伝子だが、発現調節が変化して空気のない発酵時にだけ発現するCitT分子が常に発現するようになる。ただこのトランスポーターを使ってクエン酸を取り込むためにはコハク酸が細胞質内に存在する事が必要で、ブドウ糖からコハク酸が常に作られている必要がある(図4)。しかし、培地のブドウ糖量は低い事から、CitT分子がいくら存在してもクエン酸の取り込みは限定され、大腸菌は細々と生きるのが精一杯だ。次にもう一つの変異が付け加わる。DctAと呼ばれる遺伝子発現調節領域の変異で、この結果DctA遺伝子の発現が5倍以上に上昇する。この分子はコハク酸を細胞質内に取り込む機能を持っているため、CitT分子によって排出されたコハク酸をもう一度細胞質内へ吸収できる回路が獲得される。排出したコハク酸を再吸収できると、それを使ってクエン酸を大量に吸収する事が可能になる。こうしてブドウ糖がなくともクエン酸を大量に取り込み、エネルギーを調達できる新しい形質が新たに発生した(図4)。このように正体がわかると、この程度の変化が起こるために25年も必要なのかとため息が出る。とするとやはり新しい形質が生物に誕生誕生する過程を自分が生きている間に目撃できる事などまずないだろうと理解する。

しかし自分を信じて25年待ち続けた研究者魂に頭が下がる。25年前に始めたとするとようやく大腸菌の全ゲノムをカバーするライブラリーが出来た頃の話だ。もし研究者になりたいと思っている読者がいればぜひこの論文を一読してほしい。

[ 西川 伸一 ]

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