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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【自尊を弦の響きにのせて】

2014年2月28日

村田英克

ドキュメンタリー映画「自尊(Elegance)を弦の響きにのせて 〜96歳のチェリスト青木十良〜 」を観たのは2012年の秋から冬にかけてのことでした。十三の第七藝術劇場で。私はその頃、BRH20周年の記念行事に向けて、生命誌に取り組む研究館の人々の日常を映画として描きたいと思いながらも、でもどうやって? と、ふん切りがつかずにいましたが、この映画を観て、目指すところが見えたように思えたんです。

80歳を過ぎて念願のバッハ「無伴奏チェロ組曲」の録音に挑戦するチェリスト青木十良が、10年の時をかけ録音を終えるまでの90歳を越えてからの6年間を追った映画です。カメラに捉えられている青木十良、彼の演奏への取り組み、周辺の人々との関わり合いなど、彼を取り巻く日常の空気が、飾ることなく美しく迫力を持って観る者に迫ってきます。この作品をつくった映画作家の、被写体=現実への重なり方、距離の取り方っていうんでしょうか、透明感。映画を観る者の中に、映画を演出する際の作為を一切感じさせずに、被写体への共感を湧き上がらせる、静かな力強さとみずみずしさを持った映画だと感じました。

私は思い切って、この映画を撮った藤原道夫監督に連絡をとり代々木公園の事務所を訪ねました。そして、生命誌のドキュメンタリーを作りたいということを率直にご相談したのが2012年の12月上旬のことでした。プロデユーサーの牧弘子さんと藤原さんのお二人はとても温かく私を迎えて下さり、「科学映画ではなく、館の人々の日常を通して、生命誌というメッセージを伝える記録映画を」という妄想でふくらんだ私のわがままな話しを楽しそうに聴いて下さいました。この段階での私の企画書は焦点の絞れていない欲張りなものでしたが、藤原さんは「ドキュメンタリーは撮りながら考えるもんですから、まずは、面白そうなところから始めましょう」と言って、2013年2月12日にクランク・イン。イラストレーターで僧侶の中川学氏を迎えての生命誌マンダラ制作会議の撮影からスタートしました。以来、藤原さん、牧さん、そしてカメラマンの中井正義さんの三人と共に、四季を通じての館の活動、顕微鏡下の小さな生きものや細胞、研究に取り組むラボメンバーの日常、さらに採集に同行してのロケ撮影、そして撮影の合間にロケ先の宿や移動の車中でシナリオ/構成について話し合い、あっという間に一年が過ぎました。2014年2月4日、編集を終え、MA室でナレーションと楽曲のMIXを終えたドキュメンタリー「自然を知る新たな知を求めて 〜映像で語る生命誌研究館の20年〜」は36分49秒。ここに、生命誌38億年の物語、平安時代から続く鵜殿ヨシ原の野焼き、生命誌20年の研究と表現の活動、そしてこの作品に取り組んだまる1年…さまざまな時間を凝縮しています。普段の季刊誌や展示づくりでは、どうしてもある程度かたちになった研究成果を取り上げることになってしまいますが、この映画づくりで私にとって一番うれしかったことは、自分が研究館で日々仕事をしていてなにげなく感じる日常のちょっとしたこと、風に揺れる食草園の葉や、館内のセミナーで真剣に自分の思いを語りあうメンバーの姿、来館した子供たちの表情…そういう日常の小さな出来事を紡いで生命誌というメッセージに織り上げることができたことです。各ラボでの日々の実験研究を改めて新鮮な眼で見つめることにもなりましたし、中でも、蘇研究員が菅平の実験センターを訪ねて共同研究者の町田龍一郎先生と議論するシーンは、私が季刊誌の「めぐる」の年に取材で町田研を訪れた際に思い描いた映像のイメージを4年越しで形にできたので思い入れもひとしお。その他、どのシーン・カットも愛着があり、本編で割愛せざるをえなかったカットは山ほど…。藤原さん、牧さんらと共に、この映画のためにたくさんの人々と過ごしたこの一年は、私にとっては、他にかけがえのない時間となりました。この作品は、3月1日のBRH20周年の催しでお披露目の後、高槻のBRHでも上映する予定です。やっぱり、映画は素晴らしい! 次はぜひ長編を。

[ 村田英克 ]

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