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研究館より

ラボ日記

2021.08.03

好き嫌いが進化の原動力となるのか?

先日、「研究者が語る昆虫と植物のかけひきの妙」というイベントで、イチジク属植物とイチジクコバチの持ちつ持たれつの関係について話をしましたところ、多くのご質問を頂きました。この場を借りて改めてお礼を申し上げます。大部分のご質問はその後のトークの中でお答えしましたが、回答しきれていない質問の中にはこの日記のタイトルのようなご質問がありました。今回のラボ日記では、私の研究対象であるイチジク属植物とイチジクコバチの関係を念頭に置きながら、そのご質問について考えてみたいと思います。

イチジク属植物とイチジクコバチとの間では、基本的に「1種対1種」の相利共生関係が築かれています。その関係を維持するには、植物の花の匂いとその匂いに対するコバチの識別機能が非常に重要な役割を果たしています。イチジク属植物は種によって花の匂いが異なり、コバチは種特異的にその花の匂いを認識することができます。例えば、イヌビワコバチという種はイヌビワという植物種の花だけに感受性を持っています。好き嫌いでいえばイヌビワコバチはイヌビワの花が好きで、ほかの種のイチジク植物の花が嫌いということになります。

現在の地球上にはおよそ800種のイチジク植物が生育しており、それぞれの種の花の匂いに対して感受性を持つコバチがいます。これほど多種多様なイチジク植物とイチジクコバチが生まれたのには、花の匂いとコバチの感受性(好き嫌い)の進化が大きく貢献したでしょう。実は私たちが南西諸島に生育する、ある種のイチジクとそのパートナーのコバチについて調べたところ、沖縄本島のコバチは沖縄の花が好きですが、八重山諸島の花は嫌いなことが分かりました。一方、八重山諸島のコバチは完全にその逆パターンでした。つまり、2つの地域の間では花の匂いもコバチの感受性も異なる方向へと進化しています。これは両地域間の生殖隔離を引き起こし、まさに種分化(種が分かれて新しい種が生まれる)のきっかけと原動力になっている好例であり、さらなる研究を進めているところです。

蘇 智慧 (室長)

所属: 系統進化研究室

カイコの休眠機構の研究で学位を取得しましたが、オサムシの魅力に惹かれ、進化の道へと進みました。1994年から現在に至るまで、ずっとJT生命誌研究館で研究生活を送ってきました。オサムシの系統と進化の研究から出発し、昆虫類をはじめとする節足動物の系統進化、イチジク属植物を始めとする生物の相互作用と種分化機構の研究を行っています。