1. トップ
  2. 語り合う
  3. 【脳の進化】

ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

バックナンバー

【脳の進化】

蘇 智慧 先日、私のもとに1通のお手紙が届きました。それはいつも季刊生命誌を楽しみにしておられる滋賀県大津市在住の方からのご質問のお手紙でした。季刊生命誌63(2009冬)号の【CROSS―BRHをめぐる研究】に、私たちの研究と筑波大学の町田龍一郎さんの研究の重なりからみた昆虫の進化に関する話題が紹介されました。その内容にご興味を持って下さったその方は昆虫について調べたところ、昆虫には脳があるということを知り、疑問を生じたそうです。どんな疑問かというと、昆虫進化ではなく、脳の進化に関するものでした。具体的には、「脳の進化とは、個体のDNAの変化の発現には関与するけれども、DNAの変化自体は導かないといえるのでしょうか」ということです。私はこのご質問の意味を完全につかみ切れていないですが、お手紙の全体を見ると、お答えするには、まず進化はどうやって起きるかということを理解する必要があると感じました。
 進化が起きるには、基本的に【内因】と【外因】が必要であり、内因は本質で、外因は条件です。ここで言う内因は遺伝子のことで、外因は環境のことであると考えたらいいです。生物個体が持っている遺伝子の総体がゲノムというが、それぞれの生きものは自らのゲノムを持っています。そのゲノムに変化が生じなければ、進化が起きることはありません。つまり、進化はゲノムの変化によって生じます。ただし、ゲノムに変化が生じたと言って必ずしも進化が起きるとは限りません。その変化は自然選択を受けなければならないのです。つまり、遺伝子に変化がおきた固体が環境条件に適しているかどうかとのことです。もしその固体が生存に少しでも有利であれば生き残るし、逆に不利なら淘汰されます。中には有利でも不利でもない中立的な変化もあり、それは偶然に生き残ることがあります。一般的に進化について誤解した理解が2つあると思います。1つは、生きものは環境により適応に進化していることから、環境が生きものを変化させているように思われやすいですが、それはあくまでも自然選択の結果であって、変化はまず生きものの遺伝子にあるのが根本です。もう1つは、生きものは環境により適応するために、その目的をもって変化しているように思われがちですが、それも誤解であって、遺伝子の変化はあくまでもランダムにおき、その後、自然選択を受けます。
 昆虫に脳があることは一般的に知られていないかもしれないが、あるのは確かです。正確に言うと、脳神経節で、頭部にあり、そこから胸部・腹部の方へ “はしご状神経系” と呼ばれる神経節と繋がっています。このような神経系を通して味や匂いを感じたり、記憶や学習をしたり、外部環境の変化を察知しています。ヒトの脳は、昆虫の脳と比較すると、構造的にも機能的にも極度に発達しており、節足動物と脊索動物が分かれてから、それぞれの生きものの脳が大きく進化していることが明らかです。しかし、脳の進化も、体の進化と同じ原理でおき、例外なものではありません。脳には考えというものがあり、何か特別なものであると思われがちですが、そうではありません。脳は、外部環境を察知して様々な行動を支配しているので、体の進化より一歩先進化しなきゃというような誤解が生まれやすいかもしれませんが、脳が身体の一部であり、その形態形成もすべて遺伝子によって決められているので、それらの遺伝子に変化が起きなければ、脳の進化はあり得ません。
 もしかすると似たような疑問を持っている方が他にもいらっしゃるかもしれないと思い、ラボ日記という形でお答えしましたが、進化に対する理解に少しでもお助けになれば嬉しく思います。

[DNAから進化を探るラボ 蘇 智慧]

ラボ日記最新号へ