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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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次世代シークエンサーが可能にする進化研究1

2014年8月18日

前回、ヒトだけでなく200を超す動植物の全ゲノムが次世代シークエンサーによって解読されたことを紹介した。解明された個々の生物ゲノムは進化について様々なヒントを提供してくれる。特に多くの種のゲノム情報が集まってくると、種間のゲノムを比べることが容易になり、系統間の距離以上の様々な進化のシナリオを推察することが可能になって来ている。例えばごく最近マーモセットのゲノムについての論文がNature Geneticsに報告された。勿論この論文以前にヒトを始め様々なサルのゲノムが解読されている。マーモセットのゲノムも、既に解読の終わっているチンパンジーやアカゲザルのゲノムと比較することが出来るおかげで、マーモセットに特徴的な性質を決めている遺伝子群を見つけることが出来る。例えばマーモセットの身長は20cm弱で、サルの中でも特に小さい(図1)。

図1 マーモセット
最も小さなサルの一種で、飼育のし易さから実験動物として利用されている。Wikimedia Commonsより。

他のサルと遺伝子を比較すると、IGFR1と呼ばれる細胞の増殖に関わるシグナル受容体自身と、このシグナル経路に関わる複数の遺伝子領域に、マーモセットに特徴的な多型が集まっているのがわかる。事実身長の伸びないヒトの中にこれら遺伝子の突然変異が見つかるので、マーモセットに特徴的な変異の機能を研究して行けば短い身長を説明できる可能性がある。ただこれは可能性の話で、誰もが納得する説明のためにはまだまだ時間がかかるだろう。こうしてリストされて来た遺伝子の変異の結果起こる分子機能の変化を的確に捉える必要がある。さらにその機能変化を、短い身長と関連させることも必要だ。実際このような研究が様々な所で始まっており、別の機会に紹介する。

ヒトとチンパンジーのゲノムがほとんど同じと言う点が強調されているが、実際には種間の遺伝子多型は膨大だ。このため、どの多型が特徴の分化に関わるか、種間の比較だけから決めることは困難だ。身長の様な特定の特徴が集団の中で分離する過程を調べるためには同じ種で、例えば身長の高い集団と、低い集団を比べるほうが、身長に関わる遺伝子を特定できる可能性は大きい。11話の例を借りると、APC突然変異を持ったグループの中で、がんになった細胞とポリプを比べると、ras、p53遺伝子とがん化の関係がより良くわかるのと同じだ。この考えから同じ種の中で特定の性質が大きく変化した集団を比べて、この分離に関わったゲノムの変化を明らかにしようと様々な研究が行われている。この様なゲノム研究では、それぞれの集団に属する複数の個体のゲノムを調べ、集団レベルで比較が行われる。マーモセットで問題になった身長について調べたゲノム研究の例として、アフリカの小人族ピグミー(図2)に特徴的な遺伝子多型を調べた研究がある(JP Jarvis et al, PlosGenetics, 8, e1002641, 2012)。

図2 ピグミー族
写真の両側に移っているのが成人したピグミー族。低い身長がよくわかる。Wikimedia Commonsより。

この研究では次世代シークエンサーはまだ使われておらず、マイクロアレーと呼ばれる技術を用いて、ゲノム全体に散らばる遺伝子多型の分類を行い、個体や集団の比較を行っている。詳細については全て省くが、まず明らかになったのは先祖をピグミーと共有すると考えられているバントゥー語を話す民族(バントゥー系民族)とは遺伝子の交換が起こっており、個体に応じて16−73%のレベルでバントゥー系民族と遺伝子を共有していることだ。次に、この条件でピグミーにより多く見られる多型を調べて行くと幾つかのピグミーを特徴付ける領域がリストできる。結論だけを述べるが、リストされた遺伝子はマーモセットで明らかになった身体の構造を決める遺伝子とは全く異なっており、発生時の構造決定とは全く異なるメカニズム、おそらくピグミーで見られる早い出産時期、代謝の変化、さらには免疫システムの変化が合わさった結果として低身長になったと考えられている。このように、身長一つをとっても、様々な経路をたどって多様化が行われる。

同じ様な研究は体色の変化に着いても行われている。最後に、ヨーロッパのカラスの羽の色について行われたゲノム研究について紹介する。日本ではカラスは黒いと決まっているが、ヨーロッパには2種類のカラスが住んでいる。例えば、スペイン、フランス、ドイツでは我が国と同じ黒いカラスだ。しかしイタリア、東欧、北欧になると、図3に示すように灰色と黒のツートンカラーを持っている。

図4 ザグレブ(クロアチア)の自然史博物館に展示してあった2種類のカラス
クロアチアは両方のカラスが共存する境界のようだ。

この色の異なる2種類の集団のゲノムを比較し、羽色のパターンに関わる遺伝子を調べたスウェーデン・ウプサラ大学からの研究が今年の6月サイエンス誌に掲載された(Science 344, 1410, 2014)。タイトルはズバリ、「The genomic landscape underlying phenotypic integrity in the face of gene flow in crows(遺伝子の交換が続いているのに羽色が維持されるためのゲノム背景)」だ。タイトルからわかるように、羽色の異なる2種類の集団では交雑が続いており、また実際に交雑が可能であることが実験的にも確認されている。従って、種として分離しているわけではない。研究では黒いカラスの住む地域ドイツ、スペイン、ツートンカラーのカラスの住む地域スウェーデンとポーランドから全部で60羽集め、次世代シークエンサーでゲノムを解読し、2つの集団で明らかに異なる遺伝子を探している。実際、色が違っていてもヨーロッパのカラスの遺伝子はほとんど同じと言っていいほど似ている。勿論黒いカラス同士でも違いはある。しかし黒いカラスとツートンカラーのカラスにだけに見られるはっきりとした差が見られる遺伝子領域が幾つか特定できる。この領域に存在する遺伝子をリストしてその機能を調べてみると、中に羽色を決めるメラニン色素の発生に関わる遺伝子が幾つも見つかる。羽色の差から見て当然の結果と言える。面白いのは、もう一つはっきり違う遺伝子の中に、視覚認識に関わる遺伝子が含まれていることだ。ここからは推察でしかないが、羽色のパターンとそれを認識する視覚の遺伝子がともに多様化することで、同じ羽色の組み合わせだけがつがいになる傾向がうまれ、種分化へと突き進んでいると考えられる。しかし考えてみると、私たち人間も肌の色の似通った同士で集団を形成して来たことは確かだ。しかし種分化へと突き進む前に、現代では肌の色の区別を思想で克服し始めている。このおかげで人類はますます種の中で多様化することが可能になっているようだ。

[ 西川 伸一 ]

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