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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【一夜漬け】

加藤史子
 新年明けましておめでとうございます。
 2004年にはなりましたが、まだ2003年度ですね。BRHは2003年秋に10周年を迎え、ひと月ほど前の11月29日に東京で記念イベントを行いました。JT本社ビルにあるJTアートホール・アフィニスでのイベントで、私は影アナ(開演前や休憩時、終演後などに会場に流れるアナウンス)を担当しました。イベントが定刻通りに進むとは限りませんので、生のアナウンスが必要だったわけですが、私が影アナ担当に決まったと知ったのは本番の4日前でした。突然の決定に初めは驚きました。けれども、「実験室見学ツアーやサマースクールなどの館内イベントで、いつも楽しく司会進行役を務めているんだから、きっと今回も同じように明るく楽しくやればいいんだ。しかも今回は表に出ないで裏で原稿を読み上げればいいだけなんだから、いつもの司会よりも難しくないかも」などとすぐに楽観的になり、おろかな私は原稿に2、3度目を通しただけで東京に向かってしまったのでした。
 前日の昼頃にJTビルに到着した私は、ホールを覗いてたちまち後悔しました。写真で知ってはいたのですが、初めて訪れたアフィニスは、それほど大きくはないものの本格的なクラシック演奏に対応できる、それはそれは立派なホールだったのです。大学生の頃は同級生に“超音波ボイス”と呼ばれていた私の地声が、このホールの雰囲気に合うはずがありません。この考えは、第1部で演奏されたピアニストの小坂圭太さんのリハーサルが始まって確信に変わりました。絶対に落ち着いた声でなければならないと思った私は、自分の中での最低音の声でアナウンスしようと決めました。
 さてさて、ほとんど練習していないにもかかわらず、ちょっと“演技”した声で影アナのリハーサルに臨んだ私の出来は・・・もちろん散々でした。慣れない“作り声”が震えるだけならまだしも、びっくりするほど詰まる詰まる、詰まりまくったのです。アフィニスの舞台監督の土屋さんに「ホールは反響するから、もっとゆっくり読むといいよ」と教えていただき、少しましになったのですが、それでも一文に1回ぐらいは詰まってしまうのです。まったくうまく出来ないまま、私のリハーサル時間は終わってしまいました。
 こうなったら、工藤チーフの「今晩練習すれば大丈夫だよ」という言葉を信じる他ありませんでした。その夜、ホテルの部屋で練習、練習。同室だった、同じSICPの渡辺さんに、「もっともっとゆっくりでいいよ」とのアドバイスをもらいつつ練習を重ねるうち、通常の3倍ぐらい時間をかけるつもりで話すのが一番良いと分かりました。それにしても久しぶりの一夜漬けでした。「学生時代は、一夜漬けも朝漬けもよくやったよなぁ」と思い返しながら、納得いくまで練習したのでした。
 そうして迎えた本番は、一ヶ所少しだけ口ごもってしまいましたが、それ以外はスムーズで、自分としては納得のいく出来でした。イベントの後のパーティー会場で、BRHの仲間や顔見知りの先生方、業者さんなどにお褒めの言葉をいただき(顔に“褒めてください”と書いてあるようなニコニコ顔で「どうでした?」と聞いて回れば、皆さん褒めるしかなかったと思いますが)、結果的には私にとってひじょうに印象深い10周年イベントとなりました。それにしても、頭では分かっていたつもりだった、「簡単に見えるものほど難しかったりするものだ」ということを、今回は本当に思い知らされました。この貴重な経験をこれからに活かしていきたい、と強く思いました。どんな仕事もなめてかかってはいけません。一夜漬けなんてもってのほかです。ましてや、この表現スタッフ日記を原稿締め切りの翌日に書いているようではいけないのです。


[加藤史子]

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