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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【基礎研究の分野で生まれた技術が医療へ】

加藤史子
 RNA干渉法(RNAi)で病気の治療が可能になるかもしれないという研究が注目を集めています。11月11日の英科学誌『Nature』に載った報告です。
 RNAiというのは、二本鎖のRNAが存在することで、相同な配列をもつ遺伝子のメッセンジャーRNA(mRNA)が壊されて、タンパクの合成が抑制されるという技術です。
 遺伝子がはたらくときには、まずゲノムDNAからタンパクの情報をもつ構造遺伝子の部分を鋳型としてmRNAが合成され、次にmRNAを鋳型としてアミノ酸が結合し、タンパクが合成されます。(「もっと詳しく知りたい」「合成のようすを動画CGで見たい」という方は、当館グッズ『DNAって何?』DVDをぜひご覧ください。)
 RNAiのしくみについてはまだ未解明な部分も多いのですが、とにもかくにも、RNAiが機能するとタンパク合成の段階が抑制されてしまうので、はたらくはずの遺伝子が黙り込んだようになります。ある遺伝子のはたらきを知りたいときに、その遺伝子がうまくはたらかない状態にした組み替え体(ノックアウトしたトランスジェニック)を作成する方法に比べて、RNAiは簡単な操作でその遺伝子を不活性化(ノックダウン)できる、画期的な技術です。特に無脊椎動物ではその効果が絶大で、センチュウは飼育培地に二本鎖RNAを混ぜておくだけで効果を発揮しますし、昆虫では二本鎖RNA溶液を注射するだけで有効です。現在ではさまざまな研究に活用されている技術で、当館でも利用している研究員がいます。
 この方法を、特定の遺伝子のはたらき過ぎが原因で発症する病気に利用すれば、とても簡単に、しかも安全に治療ができそうに思われます。しかし、われわれヒトを含むほ乳動物の場合は、ウイルスを退治するためのしくみがしっかりしているため、RNAiが機能するよりも先に、二本鎖RNAに対してウイルス退治のしくみが作用してしまい、遺伝子のはたらきを抑制したい組織にはなかなか効果を発揮しないという問題がありました。実は、二本鎖RNAは自然界には珍しい物質なのですが、ごく一部のウイルスが遺伝物質として利用しているのです。
 今回の論文は、短い二本鎖RNAにちょっとした修飾をほどこすことで、ほ乳動物であるマウスへの静脈注射によってRNAiが機能したという内容です。この技術がさらに進歩すれば、これまでの薬では治療ができなかったような、特定の遺伝子のはたらきを抑制することで改善可能な病気の多くが、治療の対象になると期待されます。おそらくガンの治療にも役立つでしょう。
 生物学の基礎研究は、やがていつの日か医療へと結びつくかもしれないけれど、基本的には、われわれヒトを含むあらゆる生物の、発生や遺伝や進化や、とにかく「生きものについて知りたい」という強い欲求、あるいは知的好奇心に端を発するものだと私は思います。しかし、今回の報告のように、生物学の基礎研究の分野で生まれた研究技術が、開発から数年という短期間で医療にまで役立つものとなる可能性があることには、大変驚き、感嘆しました。基礎研究の分野に身を置く私は、なんだかとてもワクワクしてしまいました。



[加藤史子]

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