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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【生きものの時間と研究の歴史と私】

2016年1月5日

川名 沙羅

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。生命誌研究館の人気者、肺魚のアボカド君とエンピツ君、そしてナナフシたちも無事に年を越しました。

先日、来館者の方から「ナナフシも生きものだということはいつか死ぬのでしょうか?」という質問を受けました。ナナフシがあまりにもおとなしかったので、それでもいつか死ぬのか不思議に思われたようです。「この子たちにも寿命があります。エサを充分にあげていても1年以上はなかなか生きられないようです。」とお伝えすると、「そうですか、この子らもいつか銀河鉄道に乗ってゆくのですね。」とおっしゃられたので、私もしみじみとナナフシを見つめました(宮沢賢治がお好きとのこと)。

どんな生きものも永遠には生きられない。限られた時間の中で生きる個が連なり、長い生きものの歴史があり、2つの時間は私の中にもナナフシの中にもすべての生きものに流れています。ナナフシについてお話しする時、擬態や再生などたくさんトピックを説明してしまいますが、ゆらゆらゆれる姿を見ながら生きものがもつ時間について語り合うこともできるのだと、その日、思いました。

さて、昨年12月に新しいWEBコンテンツ「生命研究のあゆみと広がり」をつくりました。日本の生命研究の基礎をつくった科学者に自らの人生を語っていただく「サイエンティスト・ライブラリー」の記事(全85名)をまとめ、半世紀の生命研究の歴史と個々の研究人生を重ねた三次元の年表です。そして、年表の観る角度を変えると、科学と日常を重ねた世界観の中に研究分野を配置したマップが表れます。このコンテンツをつくる過程で井上ひさしさんの以下の言葉を度々、思い出しました。

「生命と同じように、智恵にもまた永遠の連続性があるのだ。書物を読むことで過去は現在のうちによみがえる。・・・読書は、智恵の永遠の連続性への参加である。」(『井上ひさしコレクション ことばの巻』岩波書店)

「生命とは何か?」という問いは古くから人々の興味をひきつづけ、多くの素晴らしい科学者の研究成果の上に、現在の研究、明らかになってきた生命像があります。「生きている」ことが自分の一生の時間をはるかに越えて過去とも未来ともつながっているように、「生きているとはどういうことだろう?」と考えること、知ろうとすることもまた、長い知の歴史と個がつながることではないかと私は思います。多くの方に新しいコンテンツ、そして生命誌が紡いできたたくさんの記事を楽しんでいただけると嬉しいです。三次元の年表はこれからも成長していきます。


ナナフシの赤ちゃん。体長1.5㎝ほど。

[ 川名 沙羅 ]

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