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Experiment

重力を感じる細胞

深城英弘

小さな草花から大きな樹木まで,植物の茎はほとんど上を向いている。
茎はどうやって上を目指すのか — 茎の重力屈性研究の最前線。


植物は強風や大雨で横に倒されても,やがて起き上がり,再び上に向かう。たとえ,真っ暗なところで横たえても起き上がる。これは茎が重力方向を知り,その反対方向,つまり地面から離れる方向に伸びる性質をもっているからだ。これを負の重力屈性と呼ぶ。植物は茎の重力屈性のおかけで,太陽に近づき光エネルギーを効率よく吸収できる。重力屈性は,植物が生きていくうえで欠かすことのできない大切な性質なのである。

茎はどのようにして上に向かって伸びるのだろう。

茎は傾くと下側が上側よりよく伸びることで起き上がるとされている。つまり,まず,茎が重力の方向に対して傾いたことを知り,次にその情報が伝わり,それに応じて茎の上側の細胞と下側の細胞がそれぞれ伸びる長さを変え,茎全体として起き上がるのだ。では,茎は重力の方向をどこでどのようにして知るのか。また,その情報に応じて上側と下側の細胞の伸びをどうやってうまく調節していくのか。

これまで,これらに対してあまり研究が進んでいなかった。そこで,茎の重力屈性がうまくはたらかないシロイヌナズナの変異体を調べた。

シロイヌナズナは発芽後3~4週間は茎がほとんど伸びず,タンポポのように葉が次々と地面を覆うように作られる。やがて花を咲かせる時期になると茎が伸び上がり,その茎の先端につぼみが次々とつく。つぼみをつけた茎を暗い所で横に倒してやると,なんと,90分間で茎は起き上がる。ところが,shoot gravitropism 1sgr1)と名付けた変異体は,倒したが最後,茎はいつまでたっても起き上がらない。このように,倒した茎が起き上がらない,あるいはゆっくりとしか起き上がらない変異体(sgr 変異体)をたくさん見つけ,遺伝学的解析をした。現在,SGR1 からSGR7 まで7つの重力屈性反応に関係する遺伝子が見つかっている。

起き上がる?起き上がらない?

①横に倒してすぐの野生型。②6時間後(90分後には起き上がる)。
③変異体(sgr1)を横にすると・・・。④6時間後。起き上がらなかった。

シロイヌナズナ野生型の茎を縦に切ると,外側に細長い細胞からなる表皮細胞層が1層,その内側に表皮よりも小さな細胞の皮層細胞層が3層,さらにその内側に1層の内皮と呼ばれる細胞層がある。このうち外側から5列目の細長い内皮細胞層の細胞の下側にはデンプン粒を含むアミロプラストと呼ばれる顆粒がかたまっている。これは茎の内皮細胞の目印になる。

次にsgr1変異体の茎を縦に切って茎の中の細胞の様子を見ると,基本構造は野生株と同じだが,このアミロプラストを含む内皮細胞層が茎のどこを観察してもまったく見られなかった。SGR1遺伝子は茎の内皮細胞を作るのに必要な遺伝子に違いない。SGR7遺伝子も同じように茎の内皮細胞を作るのに必要なこともわかった。内皮細胞がなくなると茎の重力屈性がまったくはたらかなくなる。内皮細胞は茎の重力屈性にとって必須の細胞層であることがわかったのだ。

では,内皮細胞は重力屈性反応でどんなはたらきをしているのか。

これまでに,デンプン粒を作れないシロイヌナズナ変異体の茎は,傾けるとゆっくりとしか起き上がらないということがわかっている。また,いろいろな植物の茎の内皮細胞にあるデンプン粒を含むアミロプラストは,重力のはたらく方向に移動することもわかっている。そして,倒しても起き上がらないsgr1 変異体は内皮細胞そのものを欠く。これらを総合すると,茎の内皮細胞は重力の方向を感受する細胞ではないかと考えることができる。

そこで,この細胞層の分布を調べた。

シロイヌナズナの茎を水平に切り取った横断面を見ると,内皮細胞は茎の中心から一定の距離でほぼ同心円状にあり,茎の上から下まで筒状に存在する。茎の伸びは一番外側にある表皮細胞で調節されていることがわかっているので,今のところ次のようなモデルを考えている。

まず,茎の中心に近い内皮細胞層の細胞内のデンプン粒の動きで茎が傾いたことを感知する。その結果,茎の上側になった内皮細胞と下になった内皮細胞の間で何らかの違いが生じる。そして,この違いが情報として茎の最外層の表皮細胞に伝わり,その情報に基づいて茎の下側の表皮細胞が上側の表皮細胞よりも長く伸び,そのために傾いた茎が起き上がるというものだ。

重力を感じる細胞はどこにある?

⑤野生型の茎の縦断面。
★は内皮細胞層。一つ一つの内皮細胞中のアミロプラストが重力に従って下に存在しているのがわかる。
⑥起き上がらない変異体(sgr1)の茎の縦断面。
重力を感じると考えられる内皮細胞層がない。

⑦野生型の茎の横断面。
内皮細胞層は茎の少し内側をぐるっと囲むように存在している。
(写真=深城英弘)

SGR1遺伝子とSGR7遺伝子は茎の重力感受細胞を作るのに必要な遺伝子であることがわかった。おそらくそれ以外のSGR遺伝子群は内皮細胞で重力刺激を感じとったり,その情報を表皮細胞に伝えたり,情報に基づいて細胞の伸びを調節する機構に関係するのだろう。そして,今後この反応に関係する新しいSGR遺伝子がさらに見つかる可能性もある。それらの一つ一つの構造や機能を明らかにし,植物の茎が上に向かって伸びていくメカニズムを明らかにしたいと思っている。

(ふかき・ひでひろ/京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程在籍)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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