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Science Topics

甦る日本産マウス—江戸から今へ

小出剛

日本には欧米に先だってマウス遺伝学の芽があった、と言ったら驚かれるだろうか。今から約200年前(天明7年)に京都で出版された『珍玩鼠育草(ちんがんそだてぐさ)』には、愛玩用マウスの毛色、成長、行動などの突然変異体が記され、その遺伝的な法則性が説明されているのだ。それによると、当時すでに優性遺伝と劣性遺伝の違いなどが認識されていたことがわかる。日本産愛玩用マウスは、本の出版から約100年後、すなわちメンデルの遺伝法則が再発見された頃に欧米に渡り、様々な研究に用いられるようになった。ところがなぜかそれは、やがて研究の場から姿を消し、今ではヨーロッパ産マウス由来の実験用系統が世界中で使われている。しかし最近、再び日本産マウスが甦りそうな気配が見えてきた。

1987年、デンマークの蚤の市でJapanese mouseとして売られていたペットマウスを森脇和郎国立遺伝学研究所教授(当時)の知人が見つけ、日本に送ってきた。森脇研究室ではそれらの兄妹間で近親交配を進め、1993年、Japanese fancy mouse 1(JF1)という系統を樹立した。このマウスは形態分類学的にも遺伝学的にも日本産野生マウスに非常に近く、ヨーロッパ産マウスより耳や尻尾が短い。また、毛色は『珍玩鼠育草』に見られる特徴的なぶち模様をしている。おそらく、200年以上前に日本の野生マウスから作られた愛玩用ぶち鼠が、ヨーロッパに持ち出されずっと飼われていたのだろう。

『珍玩鼠育草』には、子供の手のひらでじっとしている鼠の様子が描かれており、当時すでに、愛玩用に適したおとなしい性質をもたらす遺伝的変異が存在していたことをうかがわせる。事実、JF1はきわめておとなしい。一方、同じ日本産野生マウスから樹立したMishima(MSM)という系統のマウスは、飼育下で60世代を経た今でも、野鼠と遜色なく元気に動き回る。12時間ごとの明暗サイクル条件下で飼育すると、JF1は夜間の活動量が極端に低いのに、MSMは活発に活動する。遺伝子レベルではJF1とMSMはとてもよく似ているので、ごく少数の遺伝子の違いがこのような行動上の差をもたらしている可能性も十分にあり、将来ここから、"行動を制御する遺伝子"をDNAレベルで見つけられるかもしれない。我々は今、そこに狙いを定めこのような遺伝子を解明しようと実験を進めている。うまくいけば日本産マウスが遺伝学研究の桧舞台に再登場し、これまで客観的に捉え難かった行動の研究に一石を投じることになるかもしれない。

Japanese mouse、頼むぞ!!

(左)タイムトラベルしたぶち鼠JF1
実験に使われているJF1。かわいいぶち模様は江戸時代の愛玩用マウスから受け継いでいる。

(右)JF1と他系統のマウスとはどんな関係?
JF1は日本産野生マウスやヨーロッパ産マウスとどのような関係にあるのだろうか。同一種の個体どうしでは遺伝子DNAの塩基配列は基本的には同じであるが、遺伝子以外のDNAの塩基配列には、個体によって異なる部分がある。この違いの程度から、それぞれの系統間での遺伝的距離を推測すると、JF1とMSMは、ヨーロッパ産マウス由来の実験用系統(C57BL/6とDBA/2)と異なるグループを作っていた。

(左)マウスを愛でる子供。『珍玩鼠育草』より。

(右)『珍玩鼠育草』の中で描かれている、いくつかの愛玩用マウスの変異体。頭ぶち、熊ぶち、豆ぶち、黒目の白鼠、日月の熊となかなか味のある名前がついている。

(こいで・つよし/国立遺伝学研究所助手)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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