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Special Story

光合成 ─ 生きものが作ってきた地球環境

森林のCO2を追う:千葉幸弘

植物細胞の葉緑体で行なわれる光合成反応は複雑ですが, 結局は二酸化炭素を吸って酸素を出す仕組み。細胞,組織,葉っぱ一枚,樹木一本, 森林から地球上のすべての植物たちまで, さまざまなレベルで二酸化炭素と酸素の出し入れを調べ, 地球の「逆」息づかいを知るプロジェクト。その最前線を紹介します。


樹高50m を超える木の先端にも直接触れることができるキャノピー・クレーンを設置し,研究者が光合成測定 装置などの機材を手に,自らゴンドラを自在に操作して,自然状態での森林の成長過程やCO2吸収量を測定して いる。アメリカ西海岸ロッキー山脈にある世界有数の巨大針葉樹林帯で,ワシントン大学を始めとする森林研究 者が集結し,光合成や蒸散の測定,樹冠の構造や葉の生理的特性を調査しているのだ。

凛とした北方針葉樹林が広がるフィンランド,カレリア 地方のヨーロッパアカマツ林では,ヨエンスウ大学の研究グループが,樹木全体をチャンバーで覆い,大気CO2濃度の2 倍のCO2ガスを送り込んで,光合成反応を測 定している。大学構内には,CO2濃度,温度,光などの環境条件を制御できる施設があり,光合成の生化学的プ ロセスを解明し,野外のチャンバーを用いた測定データとの比較分析を行なっている。環境変化による樹木の光 合成の変化を予測するための研究だ。

森林が大気のCO2を吸収・放出するメカニズムや,大 気環境の変化に伴う生理的応答機構を解明しようとする研究は,現在世界各国で行なわれている。そのきっかけ となったのは,CO2やメタンなどの温暖化ガスによる地 球規模での気候変動への危惧だ。温暖化ガスの排出に限らず,人間活動による生態系の変化はさまざまな領域 に及び,しかも影響の範囲はどんどん広がっている。国際学術連合が1986 年に提唱,発足した,地球圏―生物 圏国際共同研究計画(IGBP:International Geosphere- Biosphere Programme )は,地球環境問題を地球システムという視点で科学的に究明,解決することを目的とし,上 に紹介した研究はその一環である。

この研究の対象はさまざまだが,ここでは森林によるCO2固定というところを紹介しよう。地球規模での森林の炭素吸収量を推定するには,まず森林全体の状態を 知る必要がある。人工衛星からの地球観測を利用して,森林面積の変動や,光合成を担う葉の空間分布をモニ ターしたり,スペクトル解析による光合成活性の測定などの研究がそれである。しかし,地球観測衛星から得られ る情報は,森林の光合成量を直接測定しているわけではないので,信用の度合はわからない。
 

世界の森林で行なわれているCO2調査

(左)ロッキー山脈の林に設置したキャノピークレーン。ゴンドラに乗って直接樹に触れる。
(右)ヨエンスウ大学実験林のチャンバー。

そこで実際の森林の光合成量を推定することになる。通常は一枚一枚の葉の光合成速度を終日測定してその 日変化を明らかにし,さらに季節的な変化も丹念に測定し,樹木一個体の光合成量を推定する。厄介なことに, 同じ木の葉でも部位によって光や温度に対する反応は 明らかに異なる。葉が,置かれた環境条件に順化しているためだ。そこで,枝や葉の分布とそれによって変わる 環境に応じた光合成速度をモデル化して,樹木一本の光合成量を推定する。樹形には単純な決まり(法則性)が あるので,それを利用して推定モデルを作るのだ。このような方法で何本かの木の光合成量を推定し,それをも とに森林全体の光合成量を推定するという手順を踏む。 冒頭で紹介した森林調査もその一例である。

とはいえ,森林の光合成量は,葉群の込み具合など 空間分布の状態や,樹種による違い,同じ樹種でも生育環境の違いなどが大きく影響するので,衛星を使って森林タイプや地域,環境条件をある程度推定できたとしても,ある森林で推定した光合成量が,他の森林に単純に当てはまるわけではない。

この問題を打開するために,あれこれの模索の結果, 光合成のメカニズムに立ち戻ることが考えられている。つまり,光合成速度を支配する要因である電子伝達速度などを定量するのだ。こうして葉の中の窒素含量が光合成に強く影響するなど,すでにいくつかの樹種について の評価から,種に共通の値が明らかになりつつある。このように,窒素含量や微気象データを用いることによって 光合成量の推定精度は格段によくなり,異なる環境条件 下での光合成速度の推定も可能になってきている。

海洋では主に海面付近のプランクトンがCO2を固定するので,海洋における光合成量を知るために,全地球規 模で海中のクロロフィル量を推定している。海中に溶け込んだ炭素は,海流の大循環とともに海底に達し,1000年を単位とする長い時間をかけて海面 へ戻ってくる。実 は森林に固定されるCO2も,樹木の寿命を考えると1000年近い時間をかけて大気に戻るのだ。それに比べて現 代の人間活動は短期間に大きな変化を起こしている。1000年先にまで思いをいたす考え方を身につけるため にも森や海を見ていくことは大事だ。
 

樹形にひそむ法則

一見複雑に見える樹形にも,理にかなった法則がひそんでおり,力学的に非常に安定した構造になっている。葉と木部の比例関係を使えば,幹の直径を測ることで,光合成を担う葉の分布や総量を容易に推定することができる。

【パイプモデル】
葉(単位葉量)は断面積一定のパイプ(枝)に支えられており,植物 は,その単位パイプ系(A )の集合(B )と解釈できる。樹木の枝葉は,順次枯れ落ちるが,かつて機能していたパイプは幹の中に残存するので,樹形のパイプモデルは,C のように描ける。

【規則正しい分枝構造】

地際から任意の枝先(たとえばA ,B ,C )までを幹に見立て,一定間隔で幹を切断すると,各切片の重さとその切片が支える重量の関係は,どこをとっても比例する。

【スギ人工林の成長にともなうCO2収支】

スギの各器官(葉群,地上木部,根系,土壌有機物)の動態を実測値からシミュ レーションし,葉群の光合成と呼吸,地上木部や根系の呼吸,土壌有機物(間伐 された木を含む)の分解,落葉落枝の量や同化産物の転流などのパラメータを当てはめて,CO2収支を計算する。約10 年おきの急激な変動は,人工林における定 期的な間伐の影響。もっともCO2を吸収しているのは,樹齢15年頃である。

千葉幸弘(ちば・ゆきひろ)

1958 年,宮城県生まれ。森林総合研究所植物生態研究領域物質 生産研究室室長。樹形の構造や年輪に隠された成長過程から,植物の力学的な特徴や生理生態的な機能を研究している。森林生態 系の炭素収支に関する仕事にも手を染めている。

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