生命誌の広場

生命誌は“生命“を基本に置き、最先端の生命科学の知見に基づき、「生きる」について考えています。このホームページを読んで思ったこと、研究館の活動について、みなで語り合う場を設けました。いろいろな方の考えを出し合ってこれからの生命誌につなげていきたいと思います。あなたの考えをお聞かせ下さい。

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みなさんからのご意見

その他

天然知能

投稿日:2019.02.11 ニックネーム:花置人

毎日新聞(2月10日朝刊)で「天然知能」(郡司ペギオ幸夫著)の書評を拝読しました。
養老孟司氏は著者のことを「天才であることは間違いないのだけれども、何の天才なのかが一向にわからない。」と評していますが、正にその通りで、「天然知能」という発想は天才的かもしれないが一向にわかりません。
たまたま最近辻邦夫の「西行花伝」を再読していて感じるところがありました。
流麗な文で知られる作者としては珍しく、この書では「森羅万象」という言葉がかなりの頻度で使われています。
たとえば怜悧・冷酷と言われる源頼朝について作者は西行に次のように語らせています。(十九の帖 P481)
頼朝(鎌倉殿)が鴫の飛び立つ姿を見てはらはらと涙を落したという幻影を見たときの西行の言葉です。
「たとえ鎌倉殿が平家を打ち倒し、後白河法皇から統治権(ちから)をうばってゆくあいだに忘れはてていたとしても、心が生命であるかぎりは、必ず戻ってくる場所がある。それが真(まこと)の理法(ことわり)であり、この森羅万象(いきとしいけるもの)のもつ愛(かな)しさ、あわれなのだ。鎌倉殿が鴫(しぎ)の飛び立つのを見て涙を落したとき、鎌倉殿もこの真(まこと)の理法(ことわり)に戻っていたのである。」
辻邦夫が語るところの「森羅万象のもつ愛しさ、あわれ」を感じることができるのは天然知能だけと理解するといかがでしょうか。
自然科学的思考至上主義に多少の疑念を感じている私も「天然知能」についてもう少し考えをめぐらしてみたいと思っております。

お返事

投稿日:2019.02.12 名前:中村桂子館長

「天然知能」は私にとっては「生きもの感覚」です。通常なら「自然知能」と考えたくなりますが、そこを「天然」とするとゆるさが出てよいなと思っています。自然知能=自然科学的思考とすることにはちょっと抵抗がありますけれど、「ゆるさ」を評価しています。

中村桂子のちょっと一言

情感を育む

投稿日:2019.02.06 ニックネーム:mokukiti

身を置くその土地の環境から受ける影響は大きいのかもしれませんね。
でも、四季折々の変化を愉しめる日本に居ても、今の暮らしは快適に過ごせるようすべてを管理された空間を良しするようになってきています。
それが当たり前になってくると、日々変化する自然を受け入れられなくなり不寛容になり、無関心になり、情感が育まれなくなってしまうのではないかと危惧してしまいます。人の都合で利便性や効率だけで物事を考えてしまうと失うものも大きいのではないでしょうか・・・・
少し不便なくらいの方が豊かに暮らせると思うのですがね~。
敢えて少し不便な暮らしを選択しなくてはならない不便な世の中です。

お返事

投稿日:2019.02.07 名前:中村桂子館長

 おっしゃる通りですね。折角すてきな四季のある国にいるのですから、それを生かした生活がしたいと思います。今の社会便利はよくて不便はダメと思いこんでしまっているところがあるようで気になります。私の家は、快適に管理されているには程遠いのですが、それが好きで楽しみながら暮らしています。自然には思いがけないこともありますし。
 生命誌は、便利がよいときめる今の社会にもっと生きものであることを楽しみませんかという提案のつもりです。
Mokukitiさんのようにお分りいただける方がいて下さると嬉しいです。

その他

生命誌絵巻

投稿日:2019.02.02 ニックネーム:野菜畑のどんぐり

生命誌絵巻について、私は5ヶ月前ころだったかな、里山のまりなという旦那さんの本を目黒区の図書館で借りてよみました。まりなさんという方が生物の学者だというのもしりました。少し読んで、この方に合いたいと思いながら読み進めると、お亡くなりになったことがわかりました。本の片隅に生命誌研だったかな、見つけて、検索して、ここを見つけました。私は、あの本は、里山暮らしのお勧め本だと勘違いして手に取りました。裏表紙には、ジャム等の加工品の写真があります。細胞の営みの生物(人間も)の世界の重要さを認識し始めています。

お返事

投稿日:2019.02.04 名前:中村桂子館長

「里山のまりな」をお読み下さったとのことありがとうございます。生命誌を考えるうえでの大切な友人であったまりなさんです。この本に御主人様がお書きになったことは私の思いと重なります。細胞を本当に生きているものとして捉えるまりなさんの考えを生かした細胞の部屋を充実させましたので是非生命誌研究館にいらして下さい。

展示・映像について

Re:食草園を楽しむ

投稿日:2019.01.24 ニックネーム:ミッキー

「天然知能」が届き、読み始めました。主題を要約した前書き部分をじっくり読んで、これは、館長がおっしゃる「生きもの感覚」と同じだと直感しました。その理由は・・・
わたしは、「生命誌」とは一体どういうものなんだろうか?とずーと考え続けてきました。投稿してコメントをいただくことを繰り返してきました。そして、わたしの「想像物語」が生命誌の本質だとおっしゃってくださったことで、わたしは中村館長の「生きもの感覚」がどういうものか直感的に理解できたと思います。そして、「天然知能」の前書きをじっくり読み返して、わたしはこの本が対象としている「もの」を直感的に理解できると感じました。だから、この三つのもの、「天然知能」と「生きもの感覚」と「想像物語」は同じものを“指して”いると確信します。

考えるべきことはこれからですね。わたしはまだ、この本の「知覚できないが存在する外部を受け入れる知性」を直感的に感じているだけです。直感は言葉にするのは難しく、伝えることもできません。しかし、郡司ペギオ幸夫さんはこの「知性」の認識に関して一つの理論を提案されているとのことです。
わたしにその理論が理解できるかどうかわかりませんが、時間をかけてゆっくりじっくり、“楽しみながら”読み進もうと思います。理解できて、生命誌の世界の表現に繋がったらいいなと望みつつ。

お返事

投稿日:2019.01.30 名前:中村桂子館長

私も同じ感じです。私が一番共感するところは、知らないことが出てきた時、これまでの知識と推定だけでわかった気になり「これで終り」としないところです。いつも「もっと何かあるだろう」と外を取り入れる。自然との対処はこれしかないなと思うのです。

展示・映像について

Re:食草園を楽しむ

投稿日:2019.01.22 ニックネーム:ミッキー

素敵なコメントをありがとうございます。嬉しいです。励みになります。
「天然知能」、とても難しいけど楽しそうな予感。紹介してくださってありがとうございます。

お返事

投稿日:2019.01.22 名前:中村桂子館長

「天然知能」難しいですけれど、私は勝手にこれって私の言っている「生きもの感覚」と同じではないかと思っているのです。郡司さんがそう思っているかどうかは別として。

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